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創業ストーリー STORYG

精度が高い製品を効率よく早く作ることにかけては誰にも負けたくない

大田区上池台の本社工場と会長
1975年(昭和50年)頃

創業者、今岡裕が製造業の世界に足を踏み入れたのは、15歳のとき。故郷の島根県出雲市から上京し、都内目黒の町工場に就職した。先輩工員が2人いるだけの小さな職場だった。

住み込みで1年間は無給。もともとモノづくりが好きだったこともあり、教えられたことを素直に飲み込みながらも、徐々に自分なりの工夫を加え、着実にプラスチック成形の技術を習得していった。

5年もすると一人前に仕事を任されるようになり、独立も視野に。7年目には「10年勤めたら独立しますから、よろしくお願いします」と社長に宣言。
資金と経験を蓄積すべく、いっそう懸命に働いた。精度が高い製品を効率よく早く作ることにかけては、誰にも負けたくないという思いで腕を磨いていった。

そして迎えた10年目。1968年に弟の敏と共同で世田谷区代沢に敷地を借り、プラスチック成形の工場を自前で建てた。
ちょうど機械の購入先から紹介された会社から最初の受注があり、幸先のいいスタートを切る。翌年には有限会社今岡モールディングを設立。今岡裕が代表取締役となる。

できたばかりの若い会社に半信半疑だった発注元のメーカーも、試作品を見てその出来の良さに感心。
「昔は金型を加熱するための熱源であるガス栓の開き方を試行錯誤して、成形時の温度を調整していた。そのカンを会得するのも技術のうちだった」(今岡裕)。

もっと勉強すれば100点にも到達できるだろう

日本は高度経済成長期を迎え、製造品質について信頼を得た会社の業績も好調。1973年には大田区上池台に工場を購入し、移転する。
そして、1977年にはさらに良い成形品を製作するため、成形品の品質を大きく決定付ける金型の製作を見据え、金型製作用の機械も導入した。

当時でも高額だったその金型用の機械を導入したからには、実績はなくともぜひとも受注を獲得しなければならない。
今岡は、得意先に紹介してもらった会社の担当者を工場に招いて、設備を見てもらいながら必死に営業をかけた。

『俺が納入された金型に80点をつけることはそうそうないぞ。』そのようにうそぶく担当者からの期待を感じながら、今岡は自らの技術者としてのノウハウを注ぎ込み、初めての金型製作に取り組んだ。
納入した金型を見た担当者は「これならせいぜい80点だな」。冗談交じりに合格点を出した。

「よし、初めてで80点を出せたのなら、もっと勉強すれば100点にも到達できるだろう」。
今岡は満足することなく、いっそうの奮起を誓った。

努力と工夫によって、世の中にないものをつくる

その結果、業績の成長にともない、1982年には大田区久が原に成形工場を設け、本社工場を金型専用に。
1985年には、現在の大田区下丸子に工場を購入。成形と金型の移転集約により、業務の効率化を図る。

2003年には、代表取締役を長男である今岡恵一に譲る。「新しい世代なら私の考えられないことをやってくれるはず」という期待がそこにはある。

そして今岡モールディングは2019年、創業50周年を迎えた。時代の変遷によって変わるものがある。
その一方で、50年経っても変わらないのが、創業から受け継がれてきたモノづくりへの情熱だ。
努力と工夫によって、世の中にないものをつくる。
その姿勢から唯一無二の技術が今もなお培われている。


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